「あなたの声を届けます」要求アンケートにご協力ください
今日本共産党は、皆さん一人一人の暮らしの不安、お困りごとの解決のために、全国で「あなたの声を届けます」要求アンケートに取り組んでいます。

QRコードからスマフォなどでオンラインでアンケートにご回答いただくこともできます。ぜひご協力ください。

歩道とスロープ入り口の段差が解消!
あるマンションにお住まいの町内会町さんから、「スロープと歩道の段差が大きくて、台車や車椅子がつんのめって困っている。」と相談がありました。
よくみると、マンションができた25年前と比べて、少し歩道側が沈下しているのか隙間もできていたりします。また、何の痕跡なのか、ボルトの頭のようなものが出ていることもわかりました。小学生の集団登校の集合場所でもあり、なんとかしたいところですが、マンションの敷地外は勝手に補修するわけにはいきません。そこで、相談を受けていたいくつかの他の件も合わせて、昭和土木事務所に改善を求めました。

2/26(水)に申し入れ、1週間ほどで、現地調査もされて、「2週間後ぐらいには工事に入る」と回答がありました。
比較的簡単な修繕だったこともあってスピード解決となりました。現在は、危険なボルトの頭もカットされ、スロープ入口との段差も歩道側をかさ上げして解消。台車も車椅子もスムーズに出入りできるようになって、住民の方からも喜ばれています。
他にも困難な課題を申し入れしてあるものがいくつかありますが、いずれも時間はかかるが、土木事務所としては住民の皆さんの要望にできるだけ応えられるよう努力するという姿勢が伝わってくる回答が得られています。お気づきのことがありましたらお気軽にご相談ください。
大阪から夜逃げしてきたホームレス男性「日本共産党なら助けてくれる」と相談に
2/28(金)大阪から夜逃げしてきた、という78才の男性が、突然柴田事務所に訪ねて来られました。高校生まで吹上学区に住んでいたという男性は、大阪から着の身着のままで近鉄と地下鉄を乗り継いで御器所まできたところで、「共産党なら助けてくれると思って」不動産屋さんなどに「共産党の事務所はどこか」と尋ね歩き、柴田事務所に辿り着きました。
ご両親もすでに他界され、当時の家はすでに無く、頼れる人も誰もいないということで、さっそく区役所の生活保護係に同行して、一時保護所に入って生活保護を開始してもらおうと相談しました。
ところが、よくよく聞いてみると、すでにこの男性は大阪で生活保護を受給されており、名古屋で二重に生活保護を受けるわけにはいかないことがわかりました。また、夜逃げ同然で出てきたアパートの契約が残っている状況では、大阪の生活保護も直ちに切るわけにもいかない、と言われ、八方塞がりになってしまいました。
さいわい手持ちの現金がいくらかあったので、当面安宿やサウナなどで過ごしながら、アパート解約の手続きを進めて生活保護の切り替えをしようと方針を定め、継続的に相談に乗ることにしました。
ところが、持参していたアパートの賃貸借契約所には大家さんの連絡先が記載されておらず、唯一記載されていた仲介業者の連絡先が、「現在使われておりません」と。
ネットで検索してみると、同名の不動産会社が別の電話番号でヒットしたので、そちらにかけてみるも電話に出ない。FAXも載っていたので、とりあえず解約申込書をFAXしました。
本人から解約の申し込みをしてもらう必要があるため繰り返し電話をかけてもらうものの、土日ずっとその不動産屋には電話が通じないとのこと。月曜日にどうなっているかな、と思っていたら、警察から電話があって、男性を保護している、と。雨の中を傘もささずに道に迷っていたらしく、通報されたようです。
警察に引き取りに行き、件の不動産屋さんに電話をかけてみると、やっとつながりました。ところが「うちは知りません」という返事。振り出しに戻ってしまいました。
そこで、大阪の生活保護担当者に連絡し、なんとか管理会社がわからないか、と調べてもらうことに。
その夜、今池のサウナにでも泊まっていてね、と別れたのも束の間、夜の9時に港区の救急病院から、男性が救急搬送されてきたと私に電話。携帯の通話履歴で、私に繋がったということでした。
階段で転んで全身を打撲し立ち上がれず、通行人に救急車を呼んでもらったようです。病院に向かうと、意識もはっきりしていて、元気そうで一安心。大阪の医療扶助受給者証も携帯していたため、無料で対応してもらえました。
その晩はとにかく名駅西の安いホテルに泊まってもらおうとしたものの、いかにもトラブルを起こしそうな様子に受け入れ拒否をされてしまい、少々高いホテルになんとか僕の名刺を渡して泊めてもらうことができました。
翌日3/5(水)大阪からアパートの管理会社と思われる業者がわかったかもしれない、と連絡。
会議などを断ってホテルに向かい、本人から解約の連絡を入れてもらい、4月分の家賃と家財の処分費用、クリーニング代などを振り込むこと、アパートの鍵を返送することで解約できる運びになりました。その旨大阪の生活保護担当に連絡し、ともかく早く保護を切ってもらうよう交渉。その日は夜になってしまったのでホテルにもう一晩泊まってもらいながら、翌朝一番でホテルに迎えにゆき、振り込みと鍵の返送、解約の確認をして大阪の保護担当にも確認。そこで所持金が底をついて、もうホテルにも泊まれません。止むを得ず一泊だけ柴田事務所に泊まってもらい(基本は泊めません)、翌日仕事を片付けた後夕方、昭和区役所に頼み込んで切り替え見込みということで、一時保護所に入れることになりました。ギリギリセーフでした!
もう金曜日の5時だったので、直には一時保護所には行けず、月曜の朝まで名駅西の(断られたところとは別の)安宿で、生活保護の宿泊券を発行してもらって無料で宿泊し、月曜日、無事に一時保護所に入れました。